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ひらの接骨院紹介

ひらの接骨院の開業

ひらの接骨院1990年:
私(平野)は、高校卒業前後に将来の仕事を「フランス料理のシェフ」と決めていて調理を見せるオープンキッチンの内装まで描いていました。ところが大学生になったばかりの頃、スキーで足首を怪我したことがきっかけで、シェフとは違う道へ進むことになりました。

「レントゲンでも異常はないから」「骨じゃないから大丈夫」「そんなに痛いの?」….怪我をしたら病院に行けば治ると信じていたことが、脆くも崩壊。良いと言われる病院には必ず通い、整形外科だけでも神奈川・東京で2桁件数になるものの、レントゲン写真を見ながら足には触らない先生が殆どで、何処も同じ診立てでした。レントゲン・鎮痛剤・湿布・松葉杖・ギプスの5種類の組み合わせが変わるだけだったんです。

痛みで歩けず東京の学校に通えない日々が続き、かなり心が折れた記憶があります。その生活が1年続いた頃、実家の近所に接骨院がオープンしました。

当時「接骨院て何?」と全く知らなかった私でしたが、藁をも掴む思いで相談した所、先生は黙って怪我をした足を色々な方向に動かす、また患部以外の関節の動きも確認していました。当時「痛いのは左足首なんだけど…そこは関係ない(笑)」と思った記憶があるのですが、丁寧に時間をかけて身体のチェックをして頂いた後に院長先生が言われた言葉が……….

「これね、必ず治るから。時間はかかるけど、もし頑張る気持ちがあるなら通っておいで」でした。「単なる捻挫ではない。人間はケガの疼痛を回避するように身体は旨く出来ているのだけど、この怪我は、そこを通り過ぎて「疼痛回避の位置で関節が固まってしまった」為に、本来の関節整列(アライメント)を失ったのだろう」ということでした。

そこから通院生活が始まり、学校・アルバイトにも行けるようになる、当初の予定半分の期間で治癒となりました。
自分が軽視していた捻挫が、ある日突然歩行困難に繋がり、治したい一心でも「的確な診立てが無いと、その道は遠くなる」ことを19歳〜20歳で経験出来たこと。この怪我をきっかけに柔道整復に出会った私は、大学を中退して日体柔整へと進み、治して頂いた先生に就きました。8年間の研修をえて2000年10月 横浜市南区弘明寺町に、ひらの接骨院を開院させていただきました。

この医療技術に、救っていただいたことに感謝の意を忘れず、生涯この仕事で社会に貢献していきたいと考えています。ほとんどのスタッフがスポーツ現場でトレーナーを続けていること以外は、特に大きな特徴はない接骨院ではありますが、地域の皆様に、元気よくお迎えをする準備は常にしております。お怪我をされた際には、ご相談の窓口に是非ご利用ください。

 

 


 

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